「サッカーを教えてくれる大人が誰もいないんです」!


 何時の時代の話かは濁しておこう。今の話かもしれないし、数年前の話かもしれない。 ジュニア年代から体格が良くスピードのあったその選手は、県内でも有名だった。 私が初めて見た中1の時、体格とスピードに驚いたものだった。「早熟極まれり」という感想と 「工夫無くスピード」を武器にプレーするスタイルに、どの時期に本人が壁に当たり気がつくのだろうと 心配した。成長の可能性を心配した理由の一つに、その選手のチームのスタッフが、 彼を自慢げに見ていたことだった。彼をすごい選手だと思ってしまっていた。秋の県トレ選考会で、 彼はすでに行き詰ったプレーをしていた。それに気がつかないトレセンスタッフの多くは彼に○を つけていた。チーフと私を含め3人が、選考している逆サイドに集まり話をした。 「○○君すでに厳しいけどどうする。」「落とすことは簡単だがチームでは育てられないだろう」 という声が上がり残すことにした。関東の交流会で宿泊をした夜、彼は県トレのチーフに話をしてきた。 「僕のクラブにはサッカーを教えてくれる大人が誰もいないんです。」翌日他県の会場に足を運んだ私は、 チーフから前夜の彼の悩みを聞かされた。 県トレに携わっていると、苦しいことの方が多い。自チームで個人的な課題を言われてそれに向けて 取り組む習慣が明らかに無い選手が多い。土日はゲームが中心なのだろう。トレーニングでも具体的に 自分の課題を意識した日々をおくっているとは感じない。自チームでの習慣が無いため、 アドバイスを頭に残し、すぐに挑戦できる選手は少ない。でも、携われるのは年に10日もないのだ。 前者とポジションは違うが、似たような選手を見かけた。ほぼ利き足しか使わない。選択肢はほぼ1つ。 スピードと体格頼み。ゆっくりとプレーする選択を持つことができない。蹴り出したボールは相手が触る 確立が高い。ドリブルしてスピードが上がるとボールが体から離れてしまう。リフティングすらまともにできない。 県トレの選考ではこのような話になっている。「目先の関東交流(中1年代)では、相手のスピードを 止めるためにメンバーとして必要だろう。ただ、2年後のU−15では他の選手が体格が追いつき入れ 替わることになるだろう。」通信を振り返ってみると2003年からつたない経験を通して警告している。 苦しいこととは、周囲の大人の影響で勘違いしてしまっているこの年代の選手と毎年携わることだ。 多くの大人は彼を見て、「凄い」と思ってしまう。私は「すでに厳しい」と感じる。その評価には 天と地ほどの差がある。前者のように本人が多少なりとも自覚してくれれば、まだ可能性を残さないわけではない。 後者の選手は、まだ全く自覚していない。「すでに体の大きな選手は人の3倍技術練習をしたら良い。 体が小さい選手は今一生懸命工夫しておけば体格が追いついた時逆転できる。」と警告しても上の空だ。 なぜ聞く耳を持てないのか、それは周囲の大人が勘違いさせている以外のなにものでもない。 自チームではエースであり、コーチからはそのような目で見られているのだろう。何ヶ月経っても武器は増えず、 課題も克服されていない現状を見ることになる。ジュニア年代で体格とスピードで目立っていた選手は、 周囲の成長で遺産を食い潰していく。食い潰す時期が中2なのか高1なのか時期の問題だけなのだ。 10年以上前、あるクラブのコーチから電話をいただいた。「将来代表になる逸材がいるので県トレで見て欲しい。」 中1当時の彼は、ずば抜けたものを持っていた。体格とスピードだけではなく、基本技術はしっかりしていた。 しかし、人の話を聞くということに関しては全く習慣が無く、あえて外した。彼は今、Jリーグで活躍している。 それほどの逸材はまれなのである。中3のこの時期、高校の練習会が各地で行われている。 今年も県内外を問わず複数の練習会に足を運んでそれぞれの監督と話をした。レベルが上がればあがるほど、 運動能力だけでなく「ボールが落ち着くのか」や「判断」を見られることになる。 まして、チームとして見られるのではない。初めて会った選手とチームを組んでゲームに望む。 個人の力量がすぐに分かってしまう。ある有力校の練習会に、県外のJチームの選手が複数参加していた。 彼らはこの夏全国大会にも出場していた選手達だったが、練習会のゲームでは、 個人としての魅力を一瞬たりとも見せることは無かった。 自分の子供やチームの選手が、体格も良くスピードがあるなら「早い段階で行き詰るのではないか」と 心配したほうが良い。ましてや、その選手を中心にチーム作りをしては勘違いした選手を 生んでいくことになってしまう。ジュニア年代の習慣はなかなか抜けきれないもので、 とても重要なものだ。体格とスピードに頼らず、技術を駆使して相手ゴールを奪う習慣と、 不得意なことを実感させそれを克服する挑戦を積ませておくことが大切だと感じる。 自チームで習慣の無い前者は、自分が意識して取り組まなければ大切なジュニアユース年代を終えてしまう。 ユース年代になり体格とスピードが追いつかれた時に、先人と同じようにこの年代の3年間の 重要性を後悔することになるのだろう。まだ何も気がついていない後者は、トレセン等の交流会で 「如何に自分のプレーに余裕が無い」かを実感してもらうことになる。「あの場面でどれだけの 選択肢を持ってプレーしていたのか?」「自分の出したボールがどれだけの確立で有効なパスに なっているのか?」今までのサッカー人生の中で要求されたことのない世界を知ってもらい、自覚を促してみようと思う。

                                    (熱血)