「負けの無い賭け」


インターハイ予選が千葉県でも行われている。 つい最近の試合の結果、ある高校が県大会進出を果たした。 その吉報は、日曜日の夕方 ラルクベールさんとの練習ゲームのアップの際に携帯を通して入ってきた。 「ネッケ(あだ名)延長の末勝ったぞ。ありがとな。」

5年前に赴任した時、学校全体で教師と生徒の間には大きな川が流れているという 印象だったらしい。野球部・陸上部・サッカー部があったが、放課後グランドで体を 動かしている高校生は3つの部活合わせて1人だったそうだ。まず昼休みに 1〜3年までの15クラス全てをまわり、生徒に声をかけた。授業中に床に寝ている 生徒たちとも、昼の弁当を一緒に食べるようになった。強制ではなく、 1週でも2週に1度でもいいからサッカーやらないかと声をかけてまわり、 選手権の予選までにベンチに4人も残すことのできる15人ほどの集団になった。 放課後は、荒れ果てて草ぼうぼうのグランドに毎日鉄骨を引き、サッカーが出来る環境を整えた。 3年が卒業した2年目、かき集めた選手達のうちサッカー部13人中9人が退学、 残った4人のうち3人が対教師暴力を行っていた。グランドでは唾を吐きかけられ、 部を維持していくことは難しい状況で一時廃部を余儀なくされた。卒業した生徒が学校に 来て廃部を知った時、「先生はこのまま終わる人じゃないって信じている」と言われたそうだ。 3年目、新1年生の入学とともにサッカー部を復活させた。2年前、船橋フットサル場で 行ったVIVAIO中1(現中3)のトレーニングに高校1年生2人と顧問1人が参加した。 サッカー部員2人の高校。自分を入れて3人で何が出来るか考えたらしい。高校の公式戦の ある会場に足を運び、各チームの顧問に頭を下げた。最終試合の後のフレンドリーマッチに 他の高校チームの選手に混ぜてもらい試合を確保した。上手く受け入れてもらえず、 断られることもしばしばあった。ユニフォームはどのチームにも対応できるよう何色か 用意して行った。その年は3人(顧問も含め)で年間で20試合に参加できた。 教頭試験も受かり、近々教頭になるだろう知り合いの顧問からは「クズ学校で何やっても 無駄だから早く出ること考えろ」とたしなめられた。悔しい、見返してやろうという感情を 沸き立たすことは無かった。2人+1人しかできないことをやろう。同じ頃、市立松戸高校への 転勤のオファーが舞い込んできた。「市立で選手のために働くことの出来る教員は他にいても、 この2人の為に働ける人間は俺しかいないだろう」と断った。学校の状態から考えて、 たまたま入ってきた選手で部を維持していくことは難しいと考えた。近隣の4つの中学校の 朝練に曜日を決めて足を運んだ。4年目(昨年)、7人の新入部員が入り9人になった。 公式戦では、相手11人に対し常に9人で戦った。5年目の今年、12人の新入部員が入り 21名になった。インターハイのブロック予選1回戦を3−1で勝利し、 2回戦を2−1で勝利した日に電話がかかってきた。「ネッケ、選手にこんなことを言われたよ。」 「先生、後輩の○○は生活面がいい加減だから出さないで欲しい。一生懸命やっている後輩に 示しがつかない。それで負けてもいいじゃないですか。」3年生2人の中の1人が訴えてきたらしい。 あと一つで県大会。選手のためにも何とか勝ちたかった。翌日、○○を呼んで話をした。 ○○の家に足を運び母親にも、選手達の気持ちを伝えた。試合前、対戦チームの監督に 3年生2人が挨拶に行った。「先生負けませんよ。」相手チームの監督は、 「お前たちには絶対に負けない。」そんな会話だったらしい。5月11日、延長の末1−0で 勝つことができた。県大会のかかった試合前に挨拶をした相手チームの監督こそ、 最も2人の面倒を見てくれた方だった。学校の違う2人を高校1年の時から自分のチームの フレンドリーマッチに加えてくれて、更に2人に合うポジションで出場させてくれた。 「今日、伺ってもいいですか?」と電話を入れ、放課後お祝いを持ってその学校の 会議室に足を運んだ。ただただ、ボカスカ蹴って結果を求めるジュニアユースの公式戦を 見てしまったこともあり、話を聞いて自分自身の気持ちを癒したいという想いも多少あった。 「たった2人の部員で中1のトレーニングに参加させてもらって良かったよ。人数は関係ないんだと、 その時感じた。1人でも2人でも個人が上手くなるのに人数は関係ない。」当時3つの部活あわせて 1人しかいなかった学校は、野球部11人、陸上部11人、サッカー部21人が活動している。 ちょっと好きなサッカーで、飯を食って生活したいと考えている若者が、この話を通じて何か 感じてくれたら幸いだ。「ネッケ良かったよ、あいつはエリートだからあのまま管理職にならなくて。」、 最近になり教頭目前の教員から謝られたらしい。「駄目で元々、ちょっと良くなればそれでもOK。 そんな負けの無い賭けをやっているようなものだ。」と先輩指導者は話してくれた。

                                    (熱血)