「井の中の蛙大海を知らず!」


何とU−13の大会で準決勝まで進んだ。これまでの先輩たちを見ても、ブロック予選敗退、県大会1回戦敗退の多いチームだから珍しいという以外にない。高校から声をかけられることの多かった現中3が1回戦敗退だった事を考えると、ちょっとした事件かもしれない。 とりあえず、前に急がない。ボールを持つことに自信を持つ。ドリブルを多く等の制約がある中では、良くやったのだろう。さすがに、ゲーム経験が乏しいチームはごまかしきれなかったが、この時期の私共のこだわりは、感じてもらえたことだろう。これまでのサッカー感しか持ち合わせていない人には、受け入れられないものなのだが(笑)。登録した22人全員を臨海競技場で出場させることができたのは、ちょっとした財産だ。気づかない人がいるから、これだけ多くの選手から私共が選んでもらえるのだ。ある意味感謝しなければならない。夕方のセレクションに向けて、2ゲーム目の前半で市原を後にした。  セレクションの前に、JSC CHIBA代表の川島さんが私共のセレクション会場に足を運んでくださった。新1年生も6人お預かりする。多くの選手をお預かりしている私共が足を運ばねばならないのに、恐縮した。JSC CHIBAは今春からジュニアユースを立ち上げる。立ち上げる理由の一番は、既存のジュニアユースチームが不甲斐ないことに尽きる。私共はセレクションの際、合格を出した選手に対して結果を待たせていただくチームが若干ある。レイソル・ジェフ・FC東京のJ下部と近隣の街クラブでは臼井さん率いるクラッキス松戸のみだ。J下部が決して素晴らしいとは思っていない。しかしながら、とりあえず子供たちの憧れであり、現段階では気がついてもらうしかないし、待つしかない。近隣の街クラブでクラッキスのみというのは、意味がある。「クラッキスとヴィヴァイオで悩んでいます」と言われると、「クラッキスだけは待つよ。両チームを体験して真剣に考えて」と伝える。数年を待たずに、川島さん率いるJSC CHIBAも、待たせていただくことになるのだろう。教え子である柴田が「浦安フットボールクラブ」を設立する。「お金」でなく「チームの結果」でなく、選手の数年後を見据えたチームが新たに2つできる。子供たちにとっても千葉県にとっても本当に素晴らしいことだ。どんなに良い言葉を並べられても、心を打たないことが多い大人の世界。逆に言葉が少なくても、心の奥底が見えて「ぞくぞく」することもある。そんな瞬間を川島さんとの会話で感じた。  セレクション後のスタッフ会議を終え、大阪に向かって真夜中に車を走らせた。珍しく疲れていたのか途中で3度仮眠したこともあり、大阪府高槻市に到着したのは13時に近かった。今回の関西2日の目的は、以下の通り。

@高槻マイドの馬越さんと待ち合わせをし、ある理論にほんの少し触れること。

A16日の夜に大阪府トレセンU−13のトレーニング(ガンバ人工芝)を見学すること。

B夜、大阪のサッカー関係者と情報交換をすること。

C17日の午前、履正社の高祖さん・松島さんに挨拶すること。

D履正社医療スポーツ専門学校のサッカーコースのトレーニングを見学すること。

E履正社医療スポーツ専門学校を卒業する生徒を、4月から私共のチームに迎えることができるか面接をさせていただくこと。

F17日の夕方、滋賀に移動し、野洲高校の山本監督・セゾンFCの岩谷さんと話をすること。

G野洲高校のトレーニングの見学。

HセゾンFCのセレクションの見学。

I春の遠征の際に私共のわがままを岩谷さんに了解していただくこと。

 定期テストが近いこともあり、月曜日を完全オフとした。私は、火曜日のジュニアの練習も休ませてもらった。予算もないため、日曜・火曜を車中で仮眠しながらの強行軍だった。この関西は、クラブにとって新たに多くの財産と進化を生むことなるほど収穫があった。

                                    (熱血)