心の針が振れた時!


 44歳に間もなくなる。人生の半分くらい来た?鼻たれ小僧である。どちらかの方が、またまた私を批判しているらしい。若手の誰かがネットに書き 込みがあるようなことを言っていた。末端の活動で、人生の半分くらい過ぎた。そんなたわごとに構っている暇はない。自分たちが大人になって楽し めなかった経験を、多くの子供たちにさせたくない。船橋を含む千葉県に恩返しがしたい。サッカーが文化になっていくお手伝いを微力ながらしたい。 子供たちが大人になっても帰ってくる環境を用意したい。私共と一緒に活動を共にしてくれるスタッフが幸せになれるよう、小さな会社を何とかしたい。 たとえ100人に批判されても、真意を知ってくれている人たちの心さえ繋がっていれば良いと考えている。子育ては難しいものだ。「健康にさえ生まれ てきてくれたら何も望まない」と願った人も、時が経つにつれ期待が大きくなる。気が付いたら、自分の子供と他人の子供を比べるようになる。サッカー という素晴らしいスポーツを選んでくれた子供に感謝するよりも、結果だのAチームだのトレセンだの、そんなことの方が優先してしまう。いつしか、 自分の子供の「小さな成長を見守る目」を持つことができず、人間の感情の醜い部分と葛藤しなければならないこともある。ネットの時代、平気で人間の醜 い部分をさらけ出し、個人やチームを批判する人もいる。結局は、自分なのだ。

 クラブ立ち上げ時には夜中の無言電話は連日だった。0時、1時は当たり前。相手も大変だと思ったものだ。最近は、選ばれるようになって何かにつ けて、ネットで意味不明の批判をされているらしい。批判をしている方にも狭い料簡の言い分があるのだろう。どのような世界でも多分そうなのだろうと 思うが、千葉県に60近くあるクラブチームで、これほど意味不明な批判されているチームは少ない。逆に言えば、それだけ目立って気に入らないという ことなのだろう。結局は、ジュニアで結果を強く求めず、ジュニアユースでも近隣に比べて結果を残していないチームに200人近いジュニアユースを希 望する選手が集まってくるようになった。批判は、「結束を生み」、批判は「注目されている」と捉えれば、腹が立つことなど無い。そのような事にいちいち 感情の起伏が起こるようでは、小さな大義を果たすことはできない。

 公務員を辞め、給料は半分以下になった。教え子の母親に土下座をして、お借りすることができた事務所の土地と住まい。少ない給料すら満額払え ないのについきてくれるスタッフに支えられて、クラブと小さな会社を運営している。知的障がいを持った教え子3人を雇用し、「知的障がい者と共に社 会に貢献する」というのが会社のモットー。30人までは誰でも入ることのできるジュニアチーム。希望すれば、ジュニアユースの3チームに所属すること ができる。多くのチームがジュニアからジュニアユースに上がることができない。セレクションで受け入れられなかった選手や、ジュニアユース年代で気 づいた選手の為にスクールも始めた。千葉県と子供たちの為に、毎年450万円程度の赤字ながら市原で天然芝のグランド1面を管理している。船橋に はフットサル場を管理運営し、1,800万円(借入)かけてコンクリートの上に敷かれたジュータンから、転んでも怪我をしにくいロングパイル人工芝に換えた。 まだまだぬるい大人のため、御叱りを受けて謝罪させていただくことも多い。今年も、2回ほど大謝罪と反省をさせいただいた。 それでも、船橋市内に新たな活動の場をつくりたいと真剣に考えている。叩いてもホコリすら出ない体(笑)。

  私はこれまで生きてきた中で、何度か心の針が振れた瞬間がある。船橋に恩返しするために、教 師になろうと心に強く決めた時。恩師である布氏・市川氏・岩見氏との出会い。肢体不自由児の養護学校に赴任して、「普通の生活ができることが何よりも幸せなのだ」と感じたこと。 中瀬古先生・西岡さんをはじめとする、下北山グループや全国各地の兵に出会ったこと。安定した職業を辞め、地域近 隣の為に尽くそうと心に決めた時。小さな会社を立ち上げて、スタッフとスタッフの家族の人生を背負う覚悟をした時。 私自身は、何を言われようと突き進んでいくことに変わりはない。この場に足を運んでもらっている個々人が、それぞれの立場で真意を汲み取っていただき、少しでも心に火が灯れば 幸いだと思っている。面白いもので、批判している方に限ってこの場に毎回顔を出す。人間って不思議な生き物だ。 「心の針が振れた時」、その事象や出会いは人を強くしてくれるものだ。これからも、初心に何も変わることなくゆっくりと歩いていこうと思う。

(熱血)